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山陰ツーレポ(25)松江市(2) ― 2014年05月04日
さて、死者の住むところ、黄泉の国もイノベーションが結構進んで近代化していることがわかりました。
その通路である、黄泉比良坂には排水管が埋まっているという発見もゲット。
まぁ、ちょっとした収穫であります。
さて、続いては黄泉の国へ行ってしまったイザナミの墓があるというので探してきました。
↓これです。
その通路である、黄泉比良坂には排水管が埋まっているという発見もゲット。
まぁ、ちょっとした収穫であります。
さて、続いては黄泉の国へ行ってしまったイザナミの墓があるというので探してきました。
↓これです。
国道沿いの割りと目立つところにあります。(探し回ってしまいましたが。)
↓鉄柵でがっちりガードされてて、中には入れませんでした。
イザナミの墓と言われているところは全国にたくさんあるそうですが、明治時代に政府がここを参考地に指定して以来、国が管理しているのですね。
他にも鳥取県、和歌山県にもイザナミの墓があるそうです。
↓これが案内板。岩坂稜というのが正しい名称みたいです。
神様には寿命がないとされているので、ホントは墓と言ってはイカンのだろうと思いますが、この辺りが古事記を読んでて腑に落ちない点です。
神様に寿命が与えられたのは天孫降臨した邇邇藝命(ニニギノミコト)からです。大山津見神(オオヤマツミノカミ)が与えたと書いてあります。
でもそれまでにも結構神様は死んでるんですね。イザナミは出産事故で死んでますし、大国主大神は二回も殺されてます。
アシナヅチ・テナヅチの8人いた娘のうち、7人もヤマタノオロチに食われて死んでます。
でも基本的に寿命がない前提なので、スサノヲから6代も後の大国主大神がスサノヲの娘と結婚できたりするわけです。
死ぬという定義がビミョーに違うのかも知れません。
さて、イザナミネタは続きます。次はイザナミをお祀りしている揖夜(いや)神社です。
↓これ。
↓ご祭神は、イザナミの他にも3柱いるみたいですね。
大巳貴命は大国主大神の別名。少彦名命は大国主大神と一緒に国づくりをした神。事代主命は大国主大神の子です。
↓ここの拝殿も立派な注連縄がありました。
↓拝殿の前に立つと、中に置いてある鏡に自分が映るようになっています。
でもこれ、ある程度の身長がないと無理ですね。(映ってるのは私です。心霊写真ではありません。。)
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さて、午後4時を過ぎてしまいました。いよいよ帰路につかねばなりません。
とにかく国道を東へ向けて走ることにします。
途中、「安来節」で有名な安来市を通過しました。
本来はもっとリサーチしたいところですが、この旅は往路で観光しまくりだったので、復路はとにかく帰ることを最優先にします。
..とは言うものの、今夜の寝床のことも考えねばなりません。正直、帰りのことはあまり考えていませんでした。。
結局この後は、可能な限り高速道を使いながら、確実に寝床が確保できる福井県高浜(シーサイド高浜)まで一気に戻りました。
到着したのは、日付が変わった夜中の1時過ぎです。
3日前に利用したところですが、すっごく懐かしい気がします。
ちなみに構内にテントを張ってた人が二人ほどいましたが、休憩所には誰もおらず、利用者は私一人でした。
いよいよこの旅も終わりが近づいてきました。
しかし、楽しかったのはここまで。翌日から地獄を味わうことになります。
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